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  • さとう ゆきえ

9 性教育をコミュニケーションとして。

更新日:2021年11月28日

養護教諭だったからこそ

学校の性教育の限界を感じていたし

性教育なしに命の尊さは伝わらない。

大切なことだからこそ伝えたい。

こんな想いで試行錯誤すったもんだで実践してきました。


日々の様子を話したり発信したりするようになったら

周りにも同じように

子育てがしんどいとか

子どもの性のことで困っているとか

たくさんいるではありませんか!

目の前の子どもの実態に合った、

大人も幸せになれる性教育がしたいんだ。

その思いが強くなったのは

性の話をするようになってから

家族の話題が豊かになったからです。

こんなこともありました。

いのちの話をしていたときに娘が

「あー!そういうことだったのか!」とうなずいたことがありました。

聞いてみると、学校で男女がおしゃべりしていると

ある男の子が「あ!セック、セック!」とはやし立てるとのこと。

意味は分かんなかったけど、不快だったと教えてくれました。

からかいやおもしろがって話している中で

意味が分からず、助けを求められなかったり

おもしろそうな雰囲気にのっかってしまうこともあるでしょうね。

性のことは、ヘンなものでも、やらしいものでも、隠すものでもない。

まして、からかうものじゃないよって伝えられるいいチャンスになりました。

またあるときは、無意識に

「生まれてくれてありがとう」ポロっと言ったら

優しくよろこびに満ちた子どもの顔に胸があたたかくなりました。

幼少期の自分を重ねていたんだね。

あぁ、私もこう思われていたんだなぁと。

明け透けになんでも話すことが必要なのではなく

愛されてここにいる。生きている。と

全身で純粋に感じられる。

この体があたたまるような感覚を分かち合いたいと思っています。

そして、なにかあったときには、

話してみようっていう関係になることがすごくすごく大切だと思うのです。


自分を愛し 癒し 肯定し

自分への尊厳をたしかめる 性教育

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