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  • さとう ゆきえ

4 自分をまるごと肯定して生きたい。

更新日:2021年11月30日

子育てに行き詰まり、夫とぶつかり、家がぐちゃぐちゃの最中

1人の友人との再会で、大学の卒業から15年ぶりに同窓会を開くことにしました。

養護教諭を志した仲間です。



憧れて、やっとなれた養護教諭をやめた私には、みんながうらやましく見えました。何もしていない自分。劣等感を感じやすいわたしは、その中で、10年勤めて退職し、コーチングをしている子に惹かれました。彼女はとてもイキイキとしていて、学生時代とは別人のようでした。

わたしは彼女からコーチングのサポートを受けることにしました。生きづらさを自覚した今、自分の人生を切り拓いているように見えた彼女は希望に見えたのです。同じころ、小学校での仕事を始めて、心の勉強も始めました。

私はどう生きたいんだろう。

これまでの我慢・忍耐・努力でない生き方ってどんなだろう。

自己犠牲のない関係ってどうするんだろう。

見栄っ張りで完璧主義で、いいお母さん像からなかなか離れられなかったけど、人のサポートを受けることによって、視野が広がって、自分のいいところや、今じゅうぶんにあるものに少しずつ目が行くようになりました。

私は「安心」がほしかったんです。安心したかったんです。

その土台は

どんな自分も大丈夫!と

私がわたしをまるごと受容・肯定することでした。

そうしたら

あぁ、家族っていることはあたりまえに感じるけど、育てていくものなんだぁ。と感じるようになりました。そして、親のためでも、子どものためでもなく、「わたし」の人生にフォーカスしていこう! !と思うようになったのです。

わたしね、かつては自分のことを自己肯定感の高い人間だと思っていました。

しかしそれは、誰かに評価されることで自分を肯定する、誰かから認められてこそ安心できる、そんな外側からの成果・評価・優劣や比較の条件がついた自己肯定感だったんです。だから『できない自分』を見たくなかった。無価値に思えてしまうから。今もなお、無条件の自己肯定感を育てているところです。

「できる自分」だけでなく「できない自分・よわい自分」も

まるっとまるごと大丈夫!ってできなかったんです。

まわりの人を励ましたり許したりすることに抵抗はないけれど

子どもや夫には厳しい目を向けていた。

頑張れ!やればできる!できないのであれば改善しなきゃ!って

息が詰まるよね。

子育て暗黒期を経て、子ども時代を振り返り、人のサポートを受けながら

だれもがリラックスで安心で心地よくいられる家がいいなぁ。

そんなおうちが増えたらなぁ。

その思いが膨らんでいったのです。


コーチングをはじめ、ほかにもサポートを受けながら、自分の中に安心をつくっていきました。わたしがどんどんほぐれていくと同時に、家族の関係が緩まりあたたかく笑顔が増えていったのです。

ちなみに、かつての私なら、誰かのサポートを受けることはできなかったと思います。自分にお金や時間をかけるなんて!まずは子どもに、家族にって自分の優先順位を下げていました。自分より周りを優先する「いい子」だったから。けどさ、これを繰り返していたら、わたしは何も変わらないと気づいたんです。

特に

「頑張るをやめる。」これは一人では気づけなかった。

わたしの場合、頑張りの原動力は不安からくるものでした。

自分の中に安心をつくるために、サポートを受けて本当に良かった。

頑張らなくてもうまくいくことを少しずつ経験しながら、家族も親子も色鮮やかに変わっていったんです。

そして、これはうちの場合ですが、おかあさんの私がリラックスして、ゆるゆるヘラヘラしていることが、家族にとってすごーく重要だったんです。


(ぐちゃぐちゃのいっぱいいっぱいなときでも、ただただかわいい写真もたくさんあった^^)

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